「脱炭素社会に向けた住宅・建築物における省エネ対策等のあり方・進め方」について
1.検討経緯
温室効果ガスの排出に伴う気候変動による水害の多発化等に対処するため、2020年10月26日、第203回臨時国会において、菅総理より「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことが宣言され、本年3月19日閣議決定された住生活基本計画において、「2050年カーボンニュートラルの実現目標からのバックキャスティングの考え方に基づき、地球温暖化対策計画及びエネルギー基本計画の見直しにあわせて、規制措置の強化やZEHの普及拡大、既存ストック対策の充実等対策の強化に関するロードマップを策定する」こととされた。これらの動きを踏まえて、2050年カーボンニュートラルに向けて、中期的には2030年、長期的には2050年を見据えた住宅・建築物におけるハード・ソフト両面の取組みと施策の立案の方向性を関係者に幅広く議論いただくことを目的として、本年4月に経済産業省・環境省との3省合同で、有識者等で構成する「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」が設置された。
検討会については、4月19日に第1回が開催されて以降、8月10日まで6回にわたり議論が重ねられた。4月28日開催された第2回検討会においては、(一社)全国住宅産業協会を始め9団体から、住宅・建築物における省エネ対策への取組状況やカーボンニュートラルへの今後の取組方針などについてヒアリングを実施した。この場を借りて感謝申し上げたい。
検討会の資料・議事録等については国土交通省ホームページ等に掲載されているので詳細の経緯についてはこちらを参照されたい。
[URL]https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000188.html
また、本テーマについては、内閣府の再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォースにおいても取り上げられ、4度にわたり議論が行われたのであわせて紹介させていただく。以下のホームページに資料・議事録等が紹介されているので参照されたい。本テーマが取り上げられているのは第5回、第11回、第13回、第14回である。
[URL]https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/e_index.html
2.とりまとめのポイント
とりまとめは、大きく以下の3つのパートで構成されている。
・住宅・建築物をとりまく環境・現状認識を示した「はじめに」
・カーボンニュートラルの実現に向けた住宅・建築物の姿などを“あり方”として示した「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組の基本的な考え方」
・省エネルギーの徹底、再生可能エネルギーの導入拡大及び木材の利用拡大による吸収源対策に係る具体の対策等の“進め方”として示した「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組の進め方」
(1) 住宅・建築物をとりまく環境・現状認識について
昨今、我が国における災害が激甚化し、毎年のように発生しているところであるが、2018年10月のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)特別報告書では、将来の平均気温上昇が1.5℃を大きく超えないようにするためには、2050年前後には世界の二酸化炭素排出量が正味ゼロとなっていることが必要との見解が示されており、さらに、本年8月のIPCC第6次評価報告書第I作業部会報告書では、気温上昇を1.5℃に抑えることで10年に1度の豪雨等の頻度を低くし得るとの見解も示されたところである。
(2) 2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組みの基本的な考え方について(2050年及び2030年に目指すべき住宅・建築物の姿≪あり方≫について)
2050年カーボンニュートラルの実現という非常に高い目標が宣言された。これは住宅・建築物のみでカーボンニュートラルを実現するということではなく、住宅・建築物を含めた我が国社会全体でカーボンニュートラルを実現するということであるが、こうした高い目標の実現に向けては、住宅・建築物においても、その省エネ性能の確保・向上の取組みを進めることで省エネルギーを徹底しつつ、再生可能エネルギーの一層の導入拡大に取り組んでいくことが求められる。このためとりまとめにおいては、2050年に目指すべき住宅の姿として、ストック平均でZEHレベルの省エネ性能(※1)が確保されているとともに、その導入が合理的な住宅における太陽光発電設備等の再生可能エネルギーの導入が一般的となることが示されている。
また、中期的な2030年度の温室効果ガスの排出削減の目標については、4月22日に「2030年度に、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向けて、挑戦を続けていく」という方針が菅総理により示されており、現在、エネルギー基本計画や地球温暖化対策計画の見直し(※2)が進められているところであるが、これは従来の排出削減目標26%から46%へと大幅に引き上げるものであり、野心的な高い目標設定となっている。こうした方針を踏まえ、省エネ量については現行計画における削減目標量(原油換算で約5,000万kL)から2割増しの約6,200万kLを目指すこととされ、家庭・業務部門、すなわち住宅・建築物分野においても現行の削減目標から2割増しとすることが求められており、新築・省エネ改修による省エネ対策の強化により約890万kLの削減が必要となっている。こうしたことを踏まえ、2030年に目指すべき住宅の姿としては、新築される住宅についてはZEHレベルの省エネ性能が確保されていることが示されている。
さらに、再生可能エネルギーの導入拡大の方針から、2030年度における電源構成についても、現行計画においては22~24%とされている再生可能エネルギーの割合を野心的なものとして36~38%に引き上げる(※3)こととされており、当該引上げに対応して求められたものとして、新築戸建住宅の6割における太陽光発電設備導入が示されている。
このほか、国や地方自治体等の公的機関による率先した取組みや国民・事業者の意識変革・行動変容の必要性、特にZEHの普及については国土交通省が責任をもって行うべきことが示されている。
※1 再生可能エネルギーを導入した場合であっても、それに伴うエネルギー消費量の削減分を含めないで、一次エネルギー消費量の削減量を現行の省エネ基準値から20%削減するもの
※2 部門ごとの温室効果ガスの新たな削減目標については表1を参照
※3 エネルギー基本計画(パブコメ案)より
表1:地球温暖化対策計画(案)における新たな削減目標(省略)
(3) 2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組みの進め方について
(2)に示したような非常に高い目標の実現に向け、特に中期的な2030年の温室効果ガスの排出削減目標の実現に向けた住宅・建築物分野における省エネルギーの徹底、再生可能エネルギーの導入拡大に向けた対策強化の進め方については、地球温暖化対策計画の分野別の整理に従い、省エネルギーの徹底を図る対象としての「I.家庭・業務部門」、再生可能エネルギーの導入拡大が寄与する対象としての「II.エネルギー転換部門」、木材利用の拡大を図る対象としての「III.吸収源対策」としてとりまとめられている。
I.家庭・業務部門における省エネルギー対策の強化について
高い目標の実現に向けては、新築住宅・建築物における省エネ性能の引上げが不可欠となることから、その省エネ性能の向上に向け、①省エネ基準への適合義務化による、省エネ性能を底上げするための基礎となる取組み(ボトムアップ)、②誘導基準やトップランナー基準の引上げとその実現に対する誘導による、省エネ性能を段階的に引き上げていくための取組み(レベルアップ)、③誘導基準を上回るより高い省エネ性能を実現する取組みを促すことによる、市場全体の省エネ性能の向上を牽引するための取組み(トップアップ)を組み合わせていくこととしている。それぞれの主な取組みについては以下に紹介するとおりであり、その進め方(主なスケジュール等)については、表2のとおり示されている。なお、対策の実施に際しては、誘導基準への適合率など取組状況を適時適切に把握して進めるとともに、対策効果により取組みが早期に進展している場合には、基準引上げの時期を早めるなど、早期の省エネ性能向上に努めること、また、2031年以降についてもこれらの取組みについて、継続的に見直し、実施していくこととされている。
① 省エネ性能の底上げ(ボトムアップ)
ボトムアップの取組みとしては省エネ基準への適合義務化が大きな論点であったが、検討会委員及びヒアリングを実施した各関係団体とも適合義務化の方向性について大きな異論はなかった。早期の義務化や現行の省エネ基準よりも高い水準(ZEHレベルの水準)での義務化を求める意見があった一方で、十分な準備期間の確保や高い水準での義務付けについては消費者や小規模事業者への影響があるといった配慮の必要性を指摘する意見があったところであり、とりまとめにおいては以下の内容が示されている。
・住宅を含む建築物について現行の省エネ基準への適合義務化〈2025年度〉
・断熱施工に関する実地訓練を含む未習熟な事業者の技術力向上の支援
・新築に対する支援措置について省エネ基準適合の要件化
さらに②の取組みを経て、
・義務化が先行している大規模建築物から省エネ基準を段階的に引上げ
・遅くとも2030年までに、誘導基準への適合率が8割を超えた時点で、義務化された省エネ基準をZEH・ZEBレベルの省エネ性能(※4)に引上げ
※4 住宅について強化外皮基準及び再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準値から20%削減、建築物については再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準値から用途に応じて30%又は40%削減(小規模建築物は20%削減)
② 省エネ性能のボリュームゾーンのレベルアップ
省エネ性能の向上に向けた目標を明確化する観点から、各種制度における水準をZEHレベルに整合化させていく方向性が示されている。また、現行、大手住宅事業者が供給する住宅の省エネ性能の向上を図る住宅トップランナー制度において対象とされていない分譲マンションを対象に加えることで、住宅供給のセグメントをカバーすることにより、全体的な性能向上を図ることとされている。
・建築物省エネ法に基づく誘導基準や長期優良住宅、低炭素建築物等の認定基準をZEH・ZEBレベルの省エネ性能に引き上げ、整合させる
・国・地方自治体等の新築建築物・住宅について誘導基準の原則化
・ZEH、ZEB等に対する支援を継続・充実
・住宅トップランナー制度の充実・強化(分譲マンションの追加、トップランナー基準をZEHレベルの省エネ性能に引上げ)
③ より高い省エネ性能を実現するトップアップの取組み
・ZEH+やLCCM住宅などの取組みの促進
・住宅性能表示制度の上位等級として多段階の断熱性能を設定
④ 機器・建材トップランナー制度の強化等による機器・建材の性能向上
・窓製品の断熱性能を消費者に分かりやすく伝えることが可能な性能表示制度のあり方を検討
・省エネ基準の引上げ等を実現するため、建材・設備の性能向上と普及、コスト低減を図る
⑤ 省エネ性能表示の取組み
検討会においては、外見からは判断しづらい住宅・建築物の省エネ性能について、その販売時や賃貸時における広告等において表示することで、その取得者や賃借人が省エネ性能を確認し、選択できるようにすること、さらには供給される住宅・建築物の省エネ性能の向上を図ることといった観点から、省エネ性能表示の早期の義務付けを求める強い指摘があった。
・新築住宅・建築物の販売・賃貸の広告等における省エネ性能表示の義務付けを目指し、既存ストックは表示・情報提供方法を検討・試行
⑥ 既存ストック対策としての省エネ改修のあり方・進め方
また、膨大な既存ストックの省エネ性能の向上も大きな課題であり、次のような取組みの必要性が指摘されている。
・国・地方自治体等の建築物・住宅の計画的な省エネ改修の促進
・耐震改修と合わせた省エネ改修の促進や建替えの誘導
・窓改修や部分断熱改修等の省エネ改修の促進
・地方自治体と連携した省エネ改修に対する支援を継続・拡充 等
II.エネルギー転換部門における再生可能エネルギーの導入拡大について
検討会においてもう一つの大きな論点となったのが再生可能エネルギーの導入拡大、特に太陽光発電設備の設置義務化に関するものであった。早期の設置義務化や近い将来における義務化を求める意見や一律の義務化には課題があり慎重な検討が必要とする意見など様々であったが、再生可能エネルギーの導入拡大の方向性については同じであった。検討会における議論を踏まえ、とりまとめにおいては、太陽光発電や太陽熱・地中熱の利用、バイオマスの活用など、地域の実情に応じた再生可能エネルギーや未利用エネルギーの利用拡大を図ることが重要であるとされており、将来における太陽光発電設備の設置義務化も選択肢の一つとしてあらゆる手段を検討し、その設置促進のための取組みを進めることとされ、具体的な取組みとしては以下が示されている。
・国や地方自治体の率先した取組み(新築における標準化等)
・関係省庁・関係業界が連携した適切な情報発信・周知、再生可能エネルギー利用設備の設置に関する建築主への情報伝達の仕組みの構築
・ZEH・ZEB等への補助の継続・充実、特にZEH等への融資・税制の支援
・低炭素建築物の認定基準の見直し(再エネ導入ZEH・ZEBの要件化)
・消費者や事業主が安心できるPPAモデルの定着
・脱炭素先行地域づくり等への支援によるモデル地域の実現。そうした取組状況も踏まえ、地域・立地条件の差異等を勘案しつつ、制度的な対応のあり方も含め必要な対応を検討
・技術開発と蓄電池も含めた一層の低コスト化
また、その他の再生可能エネルギー・未利用エネルギーの活用や面的な取組みを促進することとされている。
・給湯負荷の低減が期待される太陽熱利用設備等の利用拡大
・複数棟の住宅・建築物による電気・熱エネルギーの面的な利用・融通等の取組みの促進
・変動型再生可能エネルギーの増加に対応した系統の安定維持等の対策
III.吸収源対策としての木材利用の拡大について
第204回通常国会において「伐って、使って、植える」という森林資源の循環利用を進めることにより2050年カーボンニュートラルの実現に貢献するため、「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が改正され、題名が「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に見直されるとともに、木材の利用の促進に取り組む対象が、公共建築物等から民間建築物を含む建築物一般に拡大されたこと等を踏まえ、以下の住宅・建築物の木造化・木質化の取組みを進めることが示されている。
・木造建築物等に関する建築基準のさらなる合理化
・公共建築物における率先した木造化・木質化の取組み
・民間の非住宅建築物や中高層住宅における木造化の推進
・木材の安定的な確保の実現に向けた体制整備の推進に対する支援
・地域材活用の炭素削減効果を評価可能なLCCM住宅・建築物の普及拡大
3.おわりに
検討会におけるとりまとめで示された対策とそのスケジュールについて、今後、その具体化を図っていくこととなる。8月の令和4年度概算要求においても、省エネ基準への適合義務化等の準備のための体制整備や省エネ性能の高い住宅等の新築・省エネ改修に対する支援の強化等を盛り込んだところである。とりまとめの結びにおいても指摘されているように、関係各主体が共通の認識をもって取組みを進められるよう、対策のスケジュールが示されているので、関係事業者等においても、この内容を前提として、さらに一層の高みを目指した積極的な取組みが展開されることを期待したい。
なお、とりまとめの主なポイントについては、現在改定作業が進められているエネルギー基本計画や地球温暖化対策計画、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略の見直し案(いずれも閣議決定予定)に反映されており、これらについては9月3日から10月5日までパブリックコメントが実施されたところである。
※下記は、関係各主体が共通の認識をもって今後の取組みを進められるよう省エネ対策等の強化のおおよそのスケジュールを示すものであり、規制強化の具体の実施時期及び内容については取組みの進捗や建材・設備機器のコスト低減・一般化の状況等を踏まえて、社会資本整備審議会建築分科会等において審議の上実施する必要がある。
※基準の引上げについては、その施行予定時期(上表記載の時期)のおおむね2年前に基準の具体的な水準及び施行時期を明らかにするように努める。
表2:住宅・建築物に係る省エネ対策等の強化の進め方について